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どうして学校での性教育が必要なのか

性について話すと「タブー視」されます。
学校で講習会を開くにも「卑猥な表現を避ける」コトもその条件に含まれるそうです。

何故タブー視されるのか、それは私達親世代がまともな性教育を受けていない、むしろ、タブー視した性教育を受けてきたからです。
大人に性に対して聞けば口ごもられてしまうというと、子供はイケナイ事だと感じてしまいます。
これが私達の受けた「性」に対するイメージの押し付けです。そんなものは性教育ではありません。

性はタブーではありません。性とは生きることそのもので、避けて通るものではありません。

性教育とは、性交渉や性器についてを教えるだけのものではありませんし、体や心・性や命・人・病気や衛生管理など多岐に渡る、人格形成に非常に重要な教育です。
知的障害児がそれを理解する為には、障害の無い子に比べて時間も労力もかかります。
その為学齢期からゆっくり根気良く分かり易く伝えていく事が必要です。

知的障害を持っていても体も心も成長します。思春期もきます。
しかもその時期は年々早まっているようです。

性教育がなされないまま成人すると「困った行動」を取ってしまうかも知れません。
小学校低学年から性(生)を学ぶ事でそれを防ぐ事になり、困った行動を無くし、障害者は性的に怖いという誤った認識も少なくなるのではないでしょうか?

家庭の中での性教育には限界があります。

障害児を持つ親としても、学校と家庭、今は放課後等デイサービスなどの余暇活動も含めて、連携して教育していく事が重要だと実感しています。
家庭だけで、家族だけで抱え込み、悩み、苦しむのではなく、学校だけに丸投げするのではなく、みんなで育てていける環境作りをしましょう。

高学年以上のお子さんをお持ちの親御さんは既に経験されて悩まれたかと思います。
でも、先に学校で性教育をしていたとしたらどうだったでしょうか?
予備知識として知っている状態からのスタートと、右も左も分からない状態からのスタートでは、本人も「大人の身体になる自分」をゆっくりと知りながら待つ事が出来、尚且つ保護者の心の負担も軽減されるでしょう。

性を知る事は、生を知る事
生を知る事は、自分や他人を知る事、大切にする事
そして、ルールやモラルを知る事
人とのコミュニケーションを知る事
愛を知る事

人格を形成する事そのものです。

子供が成長する為の権利です。

子供に性器について教えてはいけないのは何故でしょう?
自分の身体についている、自分のものなのに。

汚いもの、なのでしょうか?

生殖機能について教えずとも、そこから排尿をしたりします。
教えないほうが不自然ではないですか?

子供にとっての「なんで?」は発達のチャンスです。
子供の好奇心は成長のチャンスです
障害の有無や重さに関わらず、正しく根気強く、教えていくべきなのです。

この先もまだ性(生)についての悩みは尽きないかとも思います。
性(生)とは生きる事そのものなので、一生の課題です。
せめてその入り口では、学校と連携して、もっとオープンに相談できたりしたら良くありませんか?
特に異性の児童・生徒をお子さんに持つ保護者の方の戸惑いは計り知れません。

現在の都政では大変困難な申し出かも知れませんが、知的障害児にも性(生)を学ぶ機会を学校でも作って貰いたいのです。

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