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七生養護学校事件

七生養護学校での性教育のきっかけ

1997年、東京都日野市にある都立七生養護学校(現・東京都立七生特別支援学校)の在校生である複数の生徒同士が日常的に性的関係を持っていたことが発覚した。

独自の性教育プログラムを開発

この問題を受けた同校の教員と保護者が協議を重ね、知的障害を持つ児童でも分かりやすい独自の性教育プログラムを開発した。
「こころとからだの学習」と名付けられたこの教育プログラムは、性器の名称を折り込んだ「からだうた」や視覚的で理解しやすい人形や模型などを用いるなど具体的に分かりやすい工夫がなされていた。
この実践的な性教育の授業は肯定的に評価され、東京都教育庁が後援する研修でも取り上げられ、また同様の悩みを抱える他地域の養護学校からの研修も受け入れていた。

授業内容が不適切だとして都議会議員らが視察

2003年7月、都議会議員の土屋敬之が都議会で同校の授業内容を「不適切な性教育」として東京都教育委員会に対処を要求した。
その2日後、土屋を含む都議3名と都教委指導主事が産経新聞記者を同行し同校を視察、都議らは教員らを一方的に非難や批判した。その際、都教委指導主事は都議らの行動を静止することはなかった。
また教材の人形のズボンを脱がせて記者に撮影させるなどの行為も行われ、翌日にはそれらの写真と共に「過激な性教育」として産経新聞が大きく報道している。

都教育委員会が「内容が不適切」を理由に教材を没収、教員らに処分を

この視察以降、連日のように都教委が同校に派遣され、一方的な聞き取り調査と授業に使用された性教育教材類の没収が行われた。最終的に教材は全て没収され、土屋が代表を務める「日本の家庭を守る地方議員の会」に貸し出され、都議会議事堂で「不適切な性教育教材展示会」が開催された。
最初の視察からわずか2ヶ月後の9月、都教委は「授業内容が不適切である」として同校の教員31名に厳重注意処分を、校長には教諭への降格、並びに1ヶ月の停職の懲戒処分を下した。ただし、校長への処分理由は問題とされた授業内容とは関係のないものであった。
これにより、続けてきた性教育の授業は実質禁止の状態となった。

処分は不当として提訴

2006年5月、元校長は処分を不当とし処分取り消しを求めて都教委を提訴した。
一審では「裁量権の濫用ないし誤って行使された結果」として原告請求を認める判決が言い渡された。都教委はこれを不服として控訴したが東京高裁も一審判決を支持、更に上告したが最高裁はこれを受理せず、2010年2月23日付けで元校長に対する処分を取り消す判決が確定した。

2004年1月、処分を受けた教員らは東京弁護士会に人権救済の申し立てをした。
しかし都教委による検討は何ら行われなかったため、元教員および生徒の保護者は2005年5月、視察に訪れた都議3名(土屋敬之、古賀俊昭、田代博嗣)と都教委、そして「過激な性教育」として報じた産経新聞社に対し、教育現場への不当介入による精神的苦痛への損害賠償と教材の返還を要求する訴訟を起こした。
一審では「都議ら3名の視察に際する発言や行動には問題があり、教育現場への不当な介入・干渉である」「都議らの不法行為を都教委が制止しなかった事は保護義務違反である」「都教委が職員らに下した処分については裁量権の濫用である」とし、損害賠償の支払いを命じた。だが、産経新聞社への賠償請求は「報道の範囲を逸脱しているとはいえない」として棄却された。教材の返却については、原告側に返却を請求できる権利が無いため却下された。
都教委はこれを不服として控訴、それを受けて原告教員らも控訴したが東京高裁は一審判決を支持し控訴を棄却した。その後、原告被告双方とも上告および上告受理申立をしたが棄却、2013年11月28日付で判決が確定した。

この一連の出来事の影響を受け、東京都の特別支援学校および特別支援学級では性教育が行われなくなった。

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